私好みの新刊 2018年6月
『カブトムシの音がきこえる』
(たくさんのふしぎ3月号) 小島渉/作 廣野研一/絵 福音館書店
カブトムシは里山の生き物と思われがちだが,著者の弁によると「都会の公園におび
ただしい数のカブトムシが生息していることがある」という。カブトムシは人の暮らし
と密接に生きている昆虫で,公園の落ち葉の下などで生活することも多いという。その
ようなカブトムシの研究成果でわかったことなど,意外と知られていない生態をこの本
では紹介している。
まずは,7月都会の公園にある落ち葉に降りたった一匹のカブトムシのメスから話が
始まる。カブトムシのメスはまず落ち葉の下で柔らかい土の固まりを作りそこで卵を産
む。微生物の分解で落ち葉の中は冬でも暖かい。産卵後10日も過ぎると卵は「ふ化」し
て幼虫になる。幼虫は腐葉土を食べて成長する。8月,9月ともなるとカブトムシの幼
虫は脱皮して2齢幼虫になり,もくもくと腐葉土を食べ続ける。10月になるとやがて
3齢幼虫に。ふ化したときに40ミリグラムだったオスのカブトムシはほんの3ヶ月で
30000ミリグラムまで成長する。体重はじつに800倍近くに増える。なぜそんなに増え
られるのか大きな謎だった。著者たちの研究によって,カブトムシの幼虫は微生物に含
まれているたんぱく質やカビの糖分,その糖分を分解する腸内細菌によって急成長して
いることがわかってきた。また,カブトムシの幼虫は二酸化炭素を感じる器官が発達し
ているので腐葉土に生息する微生物を求めて移動できるので食べ物には困らないそうだ
。翌年の5,6月には幼虫は蛹に変身する。「蛹」での体内は信じられない状態になってい
るらしい。「蛹になってしばらくすると体内のあらゆる器官が溶けてしまいます。このと
きの蛹は、クリーム色のどろどろした液体がつまっているだけです」と書かれている。
いろんな器官に成長する細胞が動き回っているのだろうか。一ケ月もすると「羽化」し
て成虫が飛び立つ。カブトムシのなんとも神秘的で不思議な生育過程がわかりやすく書
かれている。 2018年03月 667円
『世界は変形菌でいっぱいだ』 増井真那/著 朝日出版社
〈変形菌〉という動物でも植物でもない不思議な生き物がいる。国立科学博物館のホー
ムページを見ると変形菌とは「巨大なアメーバ状の体を変身させてキノコのように胞子を
つくる不思議な生き物です」と説明されている。どんな生き物か頭に描けるでしょうか。
ふだん気がつかないが意外と都会の公園や林の朽ち木や落ち葉によく見られるとか。
とにかくそのような奇妙な生き物に興味を持った幼児がいた。著者の増井真那くんであ
る。真那くんは生まれたときから生き物が大好き,5才の時に「ネバネバしていて、ムニ
ムニ動き、どんどん形を変えていき、突然キノコのように変身する」生き物をテレビで見
て目がくぎづけ,おかあさんに頼んでネットで探した「日本変形菌研究会」に入る。以来,
大人の研究者やマニアに教わりながら本格的な変形菌研究にのめり込んでいく。真那くん
の部屋は,おもちゃやゲーム機に代わって立派な顕微鏡と飼育中の変形菌の標本がずらり,
まるで生物研究室になっている。その真那くんが,小学校,中学校時代を通して変形菌を
探したり飼育したりしてきた変形菌物語である。17歳の著作である。
この本では,真那くんと変形菌との出会いから変形体の話へと進む。変形体は意外とき
れいだ。これが単細胞生き物かと思われるような広がりと色彩を持っている。子実体と呼
ばれている胞子嚢もほんとにきれい,こんなのを見ると真那くんでなくてものめり込みそ
うだ。しかしなんとしても相手は小さい代物,胞子嚢でも高さ数cm の世界である。その
ミクロの世界で美しい菌類の世界かが広がっている。地べたにへばりこんで変形菌を探し
ている小学生の真那くんの姿がほほえましい。真那くんのその時々の苦労や新発見の喜び
がそのまま伝わってくる。変形菌も生物界では異色,その変形菌に興味を持つ子どもも異
色,異色づくめの本である。
2017年11月 1,800円